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柔道整復師 五島 純

私が柔道整復師を目指した理由

警察官の子どもとして育った私は、父から「お前は警察官に向いている」と常々言われていた事もあり「警察官になって犯罪から人を守りたい」と思うようになり高校卒業後、公務員試験を受け警察官になりました。

実際に警察組織に入ると想像を超える大変さで、不器用な私はそこに自分を合わせていく事が出来ず、次第に心と体が分離していく感覚になっていきました。

ある朝、朝礼でたくさんの人が集まっている中に並んで立っていて、恐ろしく不安な感情が押し寄せ、心臓はバクバク、呼吸も荒く息苦しくなり、倒れてしまいました。

病院へ運ばれた時には症状は落ち着いていました。

検査をしても特に異常はみつからず、以前喘息を患っていた事から、今回も喘息発作だろうという診断になり、吸入ステロイド薬、気管支拡張剤、発作を予防する薬を処方され帰りました。

その日から毎日予防薬を吸入していましたが、静かな場所、広い場所、人が多く集まる場所へ行くと不安が押し寄せ心拍数が上がり、呼吸が乱れ苦しくなりました。

吸入ステロイド薬を使用しても収まらず、苦しみながらも場所を変え時間が経つのをただ待つ事しか収まる術はありませんでした。

次第に発作の頻度は増え、仕事中に何度も倒れてしまったため自主退職を勧められ、泣く泣く警察官を辞める事となりました。

自分の症状がどうも喘息では無いと思いインターネットで調べた結果、精神科へ行く事を決意しました。

精神科で症状や今までの経緯を話したところ「パニック障害」と診断され、パニック障害に対する薬を飲み始めました。

すると今までの症状がピタリと収まり驚きました。

もっと驚いたのは、夢だった警察官を辞める事になり、悲しみに打ちひしがれていた感情まで感じなくなっていた事です。

薬を飲み続けるうちに苦しみも喜びも感じなくなっていました。

何かがおかしいと感じました。

このままでは感情を失ってしまう!

と危機感を感じ、その日から薬を辞めました。

薬を辞めるとまた苦しい日々が始まりましたが、そう長くは続きませんでした。

父が全国専門学校ガイドを私のために買ってきてくれたのです。

「学費の事は気にしなくてもいいからまた一からやりたい事探してみたら?」と。

分厚いガイド本をパラパラめくっていると「柔道整復師」の学校のページで目が止まりました。

学生時代バレーボールをしていた私は怪我で整骨院にお世話になる事があったため、自分が柔道整復師になる道も考えていた事がありましたが、学費が高いからと諦めていました。

そのページを見てこれだ!と感じました。

この仕事をしながら心と体の繋がりについて研究し、自分と同じように苦しむ人を少しでも減らしたい!というビジョンが見えました。

アルバイトをしながら柔道整復師の学校に通い、自己一致した生活にシフト出来た事でパニック発作は起こらなくなりました。

柔道整復師として働いている今も、一度も発作は起こっていません。

私の場合は環境を変える事が出来たので早期回復に至りましたが、環境を変える事が難しく症状が長引いている方が多いのが現実
です。

これはパニック障害に限らず多くの病気に当てはまります。

私はそんな方々と共に改善の意図口を探りながら、柔道整復師、メンタルケア心理士の資格を活かし体を整え心を癒していきたい
と思っています。

五島 純